[R15] 女性を愛する天才の俺様、異世界を救う (JP) – 1章 1節 7話 科学の世界神 初恋(ティアラ視点)

目次

前書き

R15

第1節 地球の女神(第1章 勇者の村)

第 7 / 12 話

約 23,500 字 – 34 場面 (各平均 約 690 字)

1/34.「何でも訊いてね♪」

これはティアラ達がモニターでアンとユウタの様子を見守り始めた時の事。

「1号ちゃんと2号ちゃんだけではなくみんなもせっかくだから私に訊きたい事があれば何でも訊いてね♪」

ティアラは左右に座っている天使達を見ながらそう言った。

「はい!宜しくお願いします!」

アンの天使達はまるで学生の如く先生の如きティアラに元気良く返事をした。

場の空気感は楽しい女子会らしさも有った。

しかし1号や2号以外に世界神であるティアラに質問出来る度胸が有る天使はいなかった。

「こちらこそ改めて宜しくね♪」

あの子に仕えている天使達は本当にみんない子達ね。

この子達にならあの子を任せられるわ。

かくして天使達はティアラの計らいで気楽に何でも質問出来る様になった。

そしてアンがティアラ一同が困惑する事を言った。

*「うんとー、そう!勇者っていうのはね!この世界の為に私の言う事を何でも聞いて私に尽くす存在の事よ!当然私の為に死ねるわ!」*

あの子は本当にお馬鹿なんだから……勇者にそんな事までする義務が有る訳が無いわよ……それにそんな事を言ったら勇者になってくれる訳が無いじゃない……。

ティアラ達はアンが失言してしまったと思い呆れた。

*「畏まりました。わたくしで宜しければ女神様の勇者にならせてください」*

シェイクは即答した。

「えー!?」

「素晴らしい勇者ですわ」

「あー……」

「よぉおっし!」

みなポップコーンを食べたり飲み物をストローで飲みながらまるで映画鑑賞の如く楽しんでいてティアラは驚きプリシラは感激し1号は絶望し2号は喜んでいた。

そして1号が口を開いた。

「ティアラ様、『勇者』とは何ですか?本当に女神様が言っている様な存在なんですか?」

1号がティアラに訊くと天使達の視線がティアラに向いた。

「あら、また訊いてくれたのね。私が知ってる限りで神が選んだ場合の勇者について答えるけど、私達にとっては私達に代わって地上で人々を導く存在の事よ。そしてあの子が言っていた事だけど、もちろん勇者は神が言う事を全て聞く必要は無いし尽くす必要も神の為に死ぬ必要も無いわ。という回答で良いかしら?」

ティアラは1号からの質問に答えた。

*「そうよ。神の為に死ぬ必要は無いの」*

「分かりやすかったです。ありがとうございました」

2号はティアラに感謝した。

「伝わった様で良かったわ」

あの子が我がままで天使達もあの青年もごめんなさい……けどわたくしも昔はあの子の様だったのよ……。

かくして天使達はティアラの口から正しい勇者像を知る事が出来たのだがティアラは自分の過去を思い出してしまった。

2/34.「あんたを私の『』にしてあげるわ!」

そしてこれはかつて星神だったティアラが自身が勇者にした青年と初対面した時の事。

「私はこの星の女神よ!早速だけどあんたを私の勇者にしてあげるわ!」

女神は勇者候補の青年に高らかに言った。

「め、女神様ぁっ!?で、わ、私が女神様の勇者にっ!?」

青年は急に現れた女性に正体を明かされ勇者にしてあげると言われ驚いてしまった。

そして青年に「勇者」という言葉が通じた通りここは剣と魔法とスキルの世界だった。

「そうだって言ってんでしょ?あんた馬鹿なんじゃないの?」

私はあの子でもしない「馬鹿呼ばわり」を平気でしてたわね……。

「あの、申し訳ございません。お初にお目に掛かります。わたくしはアベルと申します」

アベルは自己紹介した。

「あんたの名前なんてどうでもいいのよ!」

女神はアベルの名前など本当にどうでもいいと思っていた。

「左様でございますか。それでは女神様の『勇者』とは具体的にはいかような事をすれば宜しいのですか?」

アベルはそもそも女神の勇者になるつもりだったが何をすれば良いのかが分からなかった。

「自分で考えなさい!馬鹿!ま、とりあえず私の言う事は絶対だし私に忠誠を誓って私の手足、剣と盾になりなさい」

女神はアベルを勇者として騎士として理不尽に使い倒す気満々だった。

「畏まりました。このアベル・アーシュクロフト、女神様に忠誠を誓い女神様の手足、剣と盾にならせていただきます」

アベルは女神に対し片膝を突いて忠誠を誓った。

まぁアベルは目的を聞いたり情報収集もしていない段階で忠誠を誓う様な軽率な真似はしない男なのだが、あっという間に片膝を突いて誓ったのはこの女神の口や性格が悪くとも善を目的に動いている事を感じ取っていたからだ。

それに世界情勢がきな臭い事はもはや庶民にも知れ渡っていて女神はおそらくその対処を行いたいと考えていて自分がその役に立てたら良いなと思っていたのだ。

もちろん女神が大義も無く道徳や倫理に反する事を命じたらアベルはそれに従うつもりは無く離脱するつもりだった。

3/34.「その馬に乗せて走りなさい!」

「そ!じゃあ早速私が指差す方角へ私をその馬に乗せて走りなさい!」

女神は早速向かいたかった。

「確認なのでございますが目的はでございますか?」

アベルは目的は知っておきたかった。

「世界を救う為に決まってるでしょ!馬鹿じゃないの?」

女神からすれば「何を今更当たり前の事を訊いてるの?」という感じだった。

「畏まりました。それでは目的地の地名はご存じでございますか?」

アベルは女神の目的が善性に基づいているものだと分かり安心し目的地の地名を訊いた。

「質問ばっかりでうざったいわね!地名は……あれよ!セインなんとか!」

(「セイン」なら聖中立都市の事かなぁ)

この世界では長年の紛争の火種になってきた国境地域の紛争解決の方法としてその地域を聖教会に譲渡し中立都市にする取り組みが有りその様な聖教会直轄の都市は「聖中立都市」あるいは「大司教領」と呼ばれ「セイント」という冠名が付き特別に「大司教」が領主となって管理されていてアベルは目的地はその都市のどれかなのだろうと察した。

「『セイント』でございましたら聖中立都市の事と存じますが、質問ばかりで申し訳ございませんが目的地へ向かう為でございますので、それでは――」

アベルが話している途中で――。

「口答えしないで!」

――アベルはビンタされてしまった。

「――方角はどちらでございますか?」

アベルはこの時この女神に対しては前置きをやめ単刀直入に話すべきだと学習しそれを実践してみた。

「あっちよ!」

女神は鐘塔しょうとうが有る方を指差した。

(あの方角の聖中立都市は……「セイントプリシラ」か)

アベルは女神の目的地が「セイントプリシラ」だと察したが「セイントプリシラ」とは初代聖女プリシラの名を冠した聖教会直轄の中立都市で代々聖魔法にけ気品や品格、理想としてはそれらに加えて「聖女スキル」を持った女性が代々聖女プリシラの名と地位を与えられているのだがその実情は聖教会幹部や豪商、貴族達による過激な権力争いが蔓延りはびこり容赦無い聖争の血生臭いちなまぐさい醜聞しゅうぶんが絶えないからアベルは聖教会の信徒ではないし行きたくも関わりたくもなかった。

4/34.「目的地は『』でございますか?」

「目的地は『セイントプリシラ』でございますか?」

一応確認の為訊いた。

「そうよ!そこで聖女と組んでごたごたを解決して魔王軍を迎え討ちなさい!そのあと聖女も殺したら一件落着よ!」

女神は目的地が分かったついでにアベルに具体的な目的も教えてあげた。

そしてアベルはごたごたが何の事なのかは正確には分からないがおそらく聖中立都市における勢力争いの事や連合軍との連携や魔王軍からの妨害の事なのだろうと思っていてそれと魔王軍を迎え討つ事ならまだしも――。

「せ、聖女を殺して一件落着になるのでございましょうか……?」

――聖女を殺す事など到底解決策とは思えなかったし受け入れられなかった。

「あんたまだ分かんないの?口答えしないでって言ったわよね?あんたも殺されたいの?」

女神は友達仕込みの胸倉掴みをアベルに繰り出し至近距離でがんを飛ばしながら恫喝した。

もちろん女神は当初から勇者も殺すつもりだった。

魔王軍を払いけられる程の力など魔王軍の脅威が無くなれば不要だったのだ。

そして勇者の手により聖女を殺させればその事実をおおやけにし勇者を斬首刑ざんしゅけいにする手筈てはずも整えていたのだ。

それが大いなる女神の意向だった。

しかしアベルは「聖女殺し」が受け入れられないからといって女神の命令を受けない訳にはいかないし魔王軍の脅威が迫っている事も分かっていたから聖女を殺さず魔王軍の脅威を打ち払い政争も無くす事を目標に――。

「女神様の為に世界の為に魔王軍やそのほかの事に対処させていただきます」

――「聖女殺し」には言及せずに宣言した。

もちろんアベルは結局自分も殺されるんだろうという事を察していた。

5/34.「私を馬に乗せて走りなさい!」

「あんたはそれでいいの。じゃ、私をその馬に乗せて走りなさい!」

女神は少しの時間も無駄にしたくなかった。

というのも下界に自分が出向くなど罰ゲームとしか思っていなかったのだ。

しかし魔王が魔神に覚醒し広域を支配してしまえば自身の権威や生命自体までもがあやうくなるから必死で仕方が無かった。

「畏まりました。それでは女神様」

アベルは女神を優しく馬に乗せようとしたが――。

「あとあんた!人前で女神だなんだって言ったら殺すわよ?」

――呼び方を注意されてしまった。

それにしても女神はあっという間に地上での暴言が板に付いていた。

「『あるじ様』や『お嬢様』などございますがどうなさいますか?」

アベルは女神の呼び名の候補を挙げた。

「どれも嫌よ!しょうも無いわね!私の事は『姫様』って呼びなさい!」

女神には「お姫様願望」が有ったのだった。

「畏まりました。それでは姫様、抱っこいたしますので姫様にれても宜しいでしょうか?」

アベルは「騎座きざに手を掛けあぶみに足を掛けお乗りください」と言いたかったが「私をその馬に乗せて走りなさい!」と言われているからどうせ乗り方を教えるだけだと「嫌よ!あんた馬鹿じゃないの?私が自ら乗る訳無いじゃない!あんたが私を乗せなさいよ!殺すわよ?」と言われてしまうのが分かっていたから最初から抱っこ路線でいくつもりだった。

「良いけど変なとこ触ったら殺すわよ?」

女神は少しでも不快に感じたら本当に殺すつもりだった。

6/34.「それでは失礼いたします」

「畏まりました。姫様、それでは失礼いたします。どうかご安心なさってわたくしの両腕に御身おんみをお預けください」

アベルは女神をお姫様抱っこして持ち上げ騎座に乗せようとして女神の正面に立った。

「分かったわ!――わぁ凄い!」

女神はお姫様抱っこされ持ち上げられると騎座に乗ったし馬に乗るのは初めての事でその眺めにも驚いた。

「この手綱たづなを両手でお持ちになりこの様に引く事でバランスをお取りください」

アベルは手綱を女神に持たせようとし持ち方も教えた。

「分かったわ!」

女神は乗馬が初めてだし怖くて落ちたくないし馬に暴走されるのも嫌だったからアベルに素直に従い手綱を握った。

「それでは姫様、セイントプリシラへ参りましょう」

アベルも馬に乗った。

「そうこなくっちゃ!私の騎士!」

女神もなんだかんだで楽しんでいた。

もちろんアベルは「申し訳ございません。わたくしの帰りを待っている家族がおりますので一度帰宅させてはいただけませんか?」などとは言えず準備の為黙って立ち寄る事にした。

「イエス、マイプリンセス」

アベルは「どこへ向かってるの?」と疑われてしまわない様に帰宅するルートを考えながら馬を走らせた。

かくしてかつて星神だったティアラは勇者アベルと共に世界を救う為の行動を始めた。

しかしティアラはこの時の事を深く後悔していた。

私の馬鹿馬鹿馬鹿ー!

平気で暴言を吐いて暴力を振るって……昔の私はとんでもなく酷くて我がままな女神だったわ。

私が育った世界は剣と魔法とスキルが存在した世界。

それもとてつもなく実力主義で神々ですらやられるのは明日は我が身という様なくらいの熾烈な競争が有って私を叱ってくれる神なんて誰もいなかったから……。

まぁ神々ですら余裕が無い程ぎすぎすしていたし荒れていたのだ。

7/34.*「今度は私の『』を考えてちょうだいよ……」*

そしてアンがユウタに名前を考えてほしいと言った。

*「ところでね……私も名前が無いの……だから今度はユウタが私の名前を考えてちょうだいよ……」*

ふふ♡私にもそんな頃が有ったわね♡

神は自立していなければいけないという方針の世界が多くどの神も最初は名前を授かってないもの。

だから成年式として勇者を任命した際にその相手から名前を貰うのが一般的、いえ、もはやそれも込みでの儀式。

*「でしょでしょ~?私決めたわ!私の名前はたった今から『アン』よ!えっへん!」*

アンは上機嫌で自信満々に胸を張っていた。

*「女神アン様、おめでとうございます」*

ユウタはアンを祝福した。

「良かったわね、アン」

ティアラは感動し喜んだ。

「アン様、おめでとうございます」

天使達も感動し喜ぶと共に拍手を送ったが――。

「しかし喜ばしい事ですが大丈夫なんでしょうか……」

「大丈夫じゃね?アン様は色恋に興味ねぇだろ?」

「色恋に興味が無いなら男性の勇者を求めたりしないですよね?」

「た、確かに……!こりゃやべぇぞ……!」

――1号と2号は心配になってしまった。

「1号ちゃんも2号ちゃんも一体どうしたの?」

ティアラは1号と2号が何を心配しているのか気になり訊きプリシラもその方向を見た。

「『アン』は英雄の娘の名前ですが、それとは別で『英雄の妻の名前』が有るんです……」

「あらま!――これは修羅場の予感ね♪」

ティアラは修羅場の予感に胸を躍らせつつも内心ユウタを暗殺する駒に目星が付いたと喜んでいた。

(どうせ手駒てごまが見つかったと喜んでるに違いないですわ)

プリシラはティアラと長年の付き合いが有るからティアラの考えを完全に見破っていた。

1号はティアラに――。

8/34.*「何で名前が無かったんですか?」*

「何でアン様には今まで名前が無かったんですか?」

――アンの名前が無かった事について訊いた。

「お?そういやそうだな。あたいもずーっと気になってたんだよ!」

1号達全員が気になっていた事だった。

「それを疑問に思うのはもっともよ。回答するけど多くの世界では神は自立していなければいけないっていう方針が有るの。自立っていうのは自分で考えて天使の力も借りてやっていくって意味で私は言ってるわ。そして私もその考えには同感でこの世界でも「生き方も名前も自分で見つける」って事にしてるの。だから私からは名前を与えてはいなかったのよ。大体は人口が増えてきて建国フェーズに入ったらついに勇者を任命して、その勇者との交流の中で自分を見つめ直して名前を貰ったり自分で自分に名前を付けたりして自分の判断で決めていくものなのよ」

ティアラはこの質問にも丁寧に答え天使達は「なるほど」と頷いたりしていた。

「そうだったんですね。教えてくれてありがとうございました」

1号はティアラに感謝した。

そもそも1号はほかの天使とのヒアリングの際に聞いていたしアンの天使達も知らない天使ばかりではなかったのだが誰もティアラから直接聞いた訳ではなかったから確証は持てなかったしここにきてついに皆が真相に辿り着く事が出来たのだった。

「いえいえ、どういたしまして」

ティアラはかつて自分が質問魔だったからアベルに迷惑を掛けた事を公開していてその為自分が質問されたら快く応じる様にしていた。

しかし今では世界神になっているティアラにもさすがに我慢の限界というものが有り5、6回が限度だった。

ちなみに限界を超えるとティアラはグラスを割ってしまった時の様に魔力が暴走して大変な事になる。

しかしもし私がこの子達に教えてあげなかったらと思うと……アンから教わるのはいつになっていたのでしょうか……考えただけでもとても恐ろしいわ……。

そしてティアラは無知の恐怖に敏感でありアンが天使達を学校に通わせてあげていなかった事を恐ろしく感じた。

ちなみにティアラもかつては自分の天使達を学校には通わせていなかった。というか天使の学校自体が無かった。

それにしてもふふ♡私の時はどうだったかしら♡

かくして天使達はティアラの口から自分が仕えている女神アンに名前が無かった訳を知る事が出来たのだがティアラは自分の時はどうだったかを回想した。

9/34.「今日は『』よ!」

そしてこれはかつて星神だったティアラが勇者アベルから名前を貰った日の事。

正確にはアベルとティアラが出会い遠出の為アベルが自宅に立ち寄り荷造りした後再び出発したのだが、ティアラは家から出てきたアベルの現金が入った袋を強奪し「家に立ち寄るなんて聞いてなかったわよ!」と激怒ししばき回した後、騎士団などへの諸々の手続きがどうこうでさらにしばき回し、街道でのモンスターや盗賊の討伐の際にもしばき回し、長い旅路たびじて聖中立都市セイントプリシラに到着し聖女プリシラと合流し「わたくしはかつぎ上げられた神輿たびじですの。助けてくださいまし」イベントを経て聖女プリシラの城で暮らす様になった翌日の朝の事。

「ちょっと!早く支度しなさい!今日は城下町にお出掛けよ!」

女神はアベルを無理矢理叩き起こした。

これが私にとって最初のデートだったわね。

「畏まりました姫様。直ちに準備して参ります」

アベルは連日でくったくたな中無理矢理起こされたものの女神の為身支度した。

アベルは私が言った通り早く準備して来てくれたわ。

「ほら!行くわよ!」

女神はアベルの腕を無理矢理引っ張った。

あの頃の私は何もかもが強引で――。

「はい、姫様」

アベルは女神に素直に従った。

――アベルの気持ちも考えずに街に連れ出してしまった事を反省してるわ。

その日は週末で、デートで腕を組んだり手を繋いだりして街中を歩いてるカップルが多かったのよね。

それを見て私もしたいと思ったのよ。

「童貞のあんたが本当に本当に可哀想だから、私が腕組んで一緒に歩いてあげるわ!」

女神はご機嫌そうにアベルの左側を歩いていてアベルの左腕に腕を通す様にして腕を組んだ。

あの頃の私は酷く上から目線だったわ……どうして素直になれなかったのよ……。

「感謝申し上げます」

アベルは素直に応じた。

アベルは何で私の我がままを聞いてくれてたの……。

(この女神はどうせ僕の事を殺すのに何でカップルみたいな事をしてるんだ?)

アベルは自分が女神に殺される事を察していて女神が茶番をする意図を真剣に考えていた。

10/34.「私との『』楽しい……?」

私がいくら嫌味いやみや無理難題を言っても不平不満を一切言わずに何でもしてくれるアベルの言動が信じられずあまり楽しそうにしているとは思えなかった私は――。

「ねぇ、私とのデート楽しい……?」

女神はうつむきながら立ち止まり訊く事にした。

――アベルの気持ちを確かめる様な事も訊いたんだったわね。

……私は何もかもが未熟だったわ……。

「楽しいと存じますよ」

私はあの時のアベルの優しい微笑ほほえみが今でも忘れられないわ。

「嘘吐き……」

私は自分が我がままな事ぐらい分かってたの……だからあの時の私はアベルの言葉が信じられなかったのよ……だってこんな我がままな女に振り回されるのなんて誰だって楽しくないでしょ……。

「嘘ではございませんよ」

嘘ではないが本心でもなかった。

まぁ振り回されるのは大変だったが世界の為に貢献する事は苦ではなかったのだ。

むしろ楽しいとすら思っていたのだった。

「嘘吐き……!だってずっと敬語じゃない……!敬語で喋ってるカップルなんて周囲に一組ひとくみもいないわよ……?」

女神は聞き耳を立てて周囲の人々を見たが実際敬語で話してるカップルは一組もいなかった。

まぁ紳士淑女のカップルの場合「○○さん」と「さん付け」で呼び合ったりちゃんと敬語も使っているものだが女神からすればそんなのは望んでいないし論外だった。

もちろん女神は大声を出したから周囲や通りすがる人達は「どうしたんだ?痴話喧嘩ちわげんかか?」と奇怪の目を向けてきた。

未熟だった私は他人と比べて一喜一憂いっきいちゆうしてたわね……。

「わたくしは誰に対しても敬語でございますし姫様はわたくしからすればまさに天井てんじょうの方なのでございますので」

もちろんアベルは誰に対しても平等に接しているだけだった。

11/34.「私の事嫌いなんでしょ……?」

「ねぇ、私の事嫌いなんでしょ……?本当の事言ってよ……!ぶったりしないから……!私昨日の夜アベルがあの女と楽しそうに話してるの聞いたんだから……!」

女神は腕組みから腕を抜くとアベルの正面に立ち思いのたけをぶつけた。

というのも女神はもうどうしようもないくらいアベルの事が好きになっていてアベルに嫌われたくないし本心が聞きたいし聖女に嫉妬してしまっているし私だって仲良くなりたいのになどとたくさんの感情で情緒がぐちゃぐちゃになっていた。

しかし路上で「聖女」だのと言う訳にはいかないからと言葉を選ぶ余裕は有った。

もちろんデートを企画したのもアベルを聖女に取られたくなかったからで先手を打ったという事なのだ。

ちなみにアベルは聖女がかかえている問題を解決する為やメンタルケア、協力してくれる感謝、情報収集、そして最終局面を回避する為も兼ねお話をしていたのだった。

そして女神はその仲良さそうに話しているアベルとプリシラを見て嫉妬やそのほか諸々の感情をいだき耐えられなくなってしまっていたのだった。

「嫌いではございませんよ」

(でもこの女神は僕の事もプリシラさんの事も殺す気だからなぁ……)

アベルは女神が目線を合わせている人に気付きその人は女神の配下なのだろうと思い試しに「聖女の後はわたくしでございますよね?」と訊いてみたら「どうして知ってるんだ……!」とばかりに焦っていたから自分の中で半ば確信に変わっていたのだった。

「嘘吐き……!あの女に見せてた笑顔なんて私には一度も見せてくれた事無いじゃない……!」

アベルとプリシラが「お互い神輿同士死なない様に頑張りましょう」で打ち解け合っているのは事実だった。

(まぁかつがれている神輿同士で仲良くしたって良いじゃないか、だなんて言えないよなぁ……)

アベルは言葉を選ばざるを得なかったがもう単刀直入に言ってしまおうと思った。

「姫様。わたくしはこの先のあの方とわたくし自身の運命を存じ上げているのでございますので女神様にはわたくしやあの方の事などあまりお気になさらない方が宜しいかと存じます」

アベルは女神に「どうせ僕も聖女も死ぬんだから気にしない方が良い」と言いたかった。

*「あら可哀想に♡帰ってきたら私がなぐさめてあげなくちゃ♡」*

12/34.「な、何で……?」

「な、何で……?」

女神はいまいちぴんときていなかった。

「女神様が最後に命じられた任務とそののわたくしの事でございます」

アベルがそう言うと――。

「あ……!」

――女神もやっとアベルが何を言っているのか分かり――。

「アベルが何で知ってるのか分からないけどあれはアベルと会う前に私の部下が勝手に書いた筋書きだから……!正確には私の部下じゃなくて応援で来てくれてる部下で……!プロフェッショナルっていうか……!でもアベルは大丈夫だから……!私ちゃんと言っておいたから……!」

――筋書きは変わったからとアベルに安心してほしかった。

実際これは女神の案ではなく応援で来ている有能だが冷酷と評判の天使による案だった。

そして女神はその天使から世界秩序を守る為だのなんだのと説明されこれで魔王の脅威が無くなり相討ちで死ななければ聖女殺しの罪を着せ処刑し勇者もいなくなる事で世界が平和になるのならと許可したものの勇者に実際に会ってみたら好きになってしまい殺せなくなってしまっていて初日の夜にその天使が会いに来てから変更を打診し続けていた。

しかしその天使はかたくなに拒否しているしアベルにも気付かれたと分かりこの様子だとアベルは聖女も生かそうとするのだろうと確信していてむしろ望むところだと勇者も聖女も殺す罠をわくわくしながら考えては仕掛けまくっているのだった。

しかしアベルはアベルでそれが世界の為になるのならととっくに死ぬ覚悟は出来ていてむしろ精神が疲れ切っていて死んでも良いとすら思っていてしかしプリシラを死なせたくなかったからプリシラは死なないが自分は死ぬルートで頑張っていた。

「しかし無理なものは無理でございますよ。そうなった方が世の為人の為なのでございましょう?」

しかしアベルはアベルでそれが世界の為になるのならととっくに死ぬ覚悟は出来ていてむしろ精神が疲れ切っていて死んでも良いとすら思っていてしかしプリシラを死なせたくなかったから「プリシラは死なないが自分は死ぬルート」で頑張っていた。

13/34.「私もう本当に『』なの……!」

「私もうアベルの事が本当に好きなの……!大好きなの……!もうぶったりしないから……!私も頑張るから……!心配らないから……!だから絶対私を1人にしないで……!」

女神はアベルに好かれる女神になるべく暴言と暴力を封印する覚悟が出来ていた。

それに女神は号泣していて目が離せない場面に大勢の街く人々が立ち止まり2人の行方を見守っていた。

(しかしどうしたものかなぁ……あれだけ殺す殺す言ってたのに……)

アベルは困惑していた。

どうせ自分は死ぬと思っていたので好きになられても困るのだ。

そしてアベルがえがいていた筋書きは魔王軍の幹部と密約を交わし魔王はいなくなっても幹部やある程度の有力魔族は生き残り人類側はその脅威にそなえ聖女の力が必要という世論を形成しておき自分だけ退場するという筋書きをえがいていたのだった。

「ほら!彼女の気持ちに応えてやれよ!」

観衆の中からその様な声が聴こえ――。

「もう!クリフ黙っててよ!今良いところなんだから!」

――彼氏の声掛けを注意する彼女らしき声も聞こえてきてその場の空気は「そうだそうだ!」になっていた。

「わりぃ!だって男がうじうじしてっから!」

外野はアベルが真の勇者な事もその相手の女性が女神という事情も知らないから「彼女の告白にどう応えようかと迷っている彼氏」ぐらいの軽いのりで考えていた。

もちろん女神は民衆の力も借りてアベルに「うん」と言わせる効果もちゃっかり狙ってはいた。

この女神にものちに開花する策士の素質が有ったのだ。

14/34.「一生(いっしょう)のお願いだから……!」

一生いっしょうのお願いだから……!」

女神はわらにもすがる様な思いでアベルを抱き締めてお願いしその時「おお!」と観衆の声が上がった。

というのも女神は一か八かの賭けに出たのだ。

断られてしまえば今後の関係に大きな亀裂が入りかねない大胆な行動だったのだ。

しかし女神は心のどこかで「お願い」をすれば優しいアベルなら受け止めてくれるかもしれないとふんではいたのだが、その確証はもちろん無く本当に一か八かだったのだが結果的にアベルのキラーワード「お願い」が炸裂さくれつした。

「分かったよ。僕も君の事が好きだから。だから泣かないで」

アベルは女神に応じ敬語をやめ女神を抱き締め返した。

*「ちっ」*

すると大歓声が上がり拍手が起き「ブラボー!」という掛け声や「フィー!」という口笛が聴こえてきた。

「私も好きよ……!うん……!分かったわ……!」

女神は涙しながらも溢れてくる涙を必死に止めようとし手で拭った。

アベルは前向きに素直になり――。

「それじゃあ君を悲しませてしまったお詫びに僕が何かプレゼントを贈ってあげるから、君の好きな物、欲しい物を僕に教えてくれるかい?」

――プレゼントを贈る事で埋め合わせしようと女神が好きな物や欲しい物を訊いた。

今思えば私はアベルの優しさにどっぷりと甘え過ぎてたわ……。

「私はきらきらしてる物が好き……欲しい……」

女神は根っからのジュエリーきだったのだが高価な為アベルに嫌われてしまわないかと不安になりながらも恐る恐る口にした。

15/34.「『』を探しに行ってみるかい?」

「良いね。僕も好きだよ。じゃあこれから僕と一緒に君が好きなきらきらしてる物を探しに行ってみるかい?」

アベルは女神に腕を組みやすい様に左腕を差し出す様にして宝石店巡りを提案した。

セイントプリシラは幸いにも金鉱山や銀鉱山、銅鉱山といった貴金属が採れる鉱山が領内に有り宝石業や鋳造ちゅうぞう業が盛んだったのだ。

まぁこれももちろん女神を崇拝してくれている聖教会やその中核を担っている中立都市を支える為の女神の天使による策だった。

もっというと金銀銅という貴金属は経済を回すのに必要な硬貨である金貨や銀貨、銅貨を作るには必須の資源であり、また貴族達は高価なジュエリーや置物といった物を好んだから聖教会には頭が上がらず、その優位性も有って聖教会はヒューマンの国々やヒューマンに協力的なエルフやドワーフといった亜人達の国々を魔王軍に対抗したり仲介し平和にする為まとめ上げ連合を形成する事が出来ていたのだ。

「もちろん行くわよ!ふふ♡」

女神はアベルの誘いに応じ腕を組むとちゃっかり手で恋人繋ぎもし2人は再び歩き始め安心した観衆達もまた歩き始めた。

そしてそのあとすぐ女神はアベルに――。

「ねぇアベル!お店を探すついでに私の名前も考えて!」

――もう1つ気になっていた事を言った。というかリクエストした。

「分かったよ。考えてあげるね」

(女神様に合った名前が良いんだろうけどどんなかなぁ)

アベルはお店を探しながら女神の名前も真剣に考え始めた。

「うん!」

女神は喜びアベルと組む腕をぎゅっとし体の右側を軽く預ける様にして密着した。

(呑気ですね。いずれ殺す相手と腕を組んでデートしてるなんて。殺さないでと言われても無理ですよ。だって貴方は契約書にサインしましたし、何より私は殺し屋ですもの)

2人の背後には2人に眼差しを向けている天界の暗黒街では名が売れている殺し屋の女神の姿がそこには有った。

*「任せたわよパトリシア」*

そして女神は一番格式が高そうな宝石店に目が釘付けになり――。

16/34.「あのお店にしない?」

「ねぇ!あのお店にしない?」

――アベルに提案した。

(た、高そうだけど……!)

昔の私ったらアベルの気持ちも考えないで高価なお店を選んじゃって……。

「良いね。そうしようか」

アベルは女神の為に大きな出費を決意していた。

「そうこなくっちゃ!」

女神はもちろん金銭感覚が無くてきらきらきだったのも有りそのお店が一番ゴージャスだったからかれて選んだのだった。

もちろん女神は「もうぶたない」とは言ったが「我がままを言わない」とは言っていなかった。

そして歩きながらその宝石店にどんどん近付いていくが、その宝石店は一等地に構えていて大きく「こう室・王室御用達ごようたし」「聖教会御用達」「貴族御用達」と有り遠目からでも何となく分かってはいたものの外装も内装も金で装飾されとてもゴージャスで内装は窓から見えていて入り口と中に警備の衛兵も立っていてすさまじい高級店だった。

またアベルの懐事情ふところじじょうとしては一応アベルは伯爵家の騎士団に所属する騎士であり目立たない様に実力は隠しているものの小隊長を任されている準男爵騎士の為騎士としての月収は平騎士の年収1200万ゴールド(4分の2が生活費、4分の1が武具や防具、馬の維持費、4分の1が使用人費)の約2倍、年収2500万ゴールドとそれなりに貰ってはいた。

そしてアベルの肩書は正確には「アーシュクロフトAランク新人小隊長準男爵騎士」だった。

またこの場合の「新人」とは「若くして活躍しているという意味」。

またアベルはまだ若手の為小隊長に昇進したばかりなのだが時期がくれば伯爵と騎士団長による強制で中隊長男爵、騎士団長子爵と昇進する事が決まっていた。

17/34.*通貨について*

*金銀銅の価値は異世界と同じで金は銀の100倍、銀は銅の100倍で世界共通*

*また硬貨のサイズは主に大と小が有り大が30グラムで小が3グラム*

*つまり硬貨の価値は大金貨1枚=小金貨10枚、大銀貨1枚=小銀貨10枚、大銅貨1枚=小銅貨10枚*

*ちなみに硬貨のサイズが大が30グラムで小が3グラムなのには理由が有り、例えば金貨と銀貨と銅貨しか無く、それぞれの金額が1万ゴールド、100ゴールド、1ゴールドだとして、例えば1万ゴールドの買い物を100ゴールドの銀貨でしようとすると銀貨が100枚必要になってしまう。円で言えば1万円の買い物をするのに100円玉が100枚も必要になってしまう。それだけの硬貨を持ち運ぶのは大変な為これを解消する為に中間の硬貨が必要だった。つまり10分の1のものが必要だった。そして人が使いやすい硬貨の最大のサイズが1オンス約30グラムだし最小のサイズがその10分の1である10分の1オンス約3グラムだから、大が30グラム、小が3グラムというサイズになったのだった。*

*そして大金貨は30万ゴールド、小金貨は3万ゴールド、大銀貨は3000ゴールド、小銀貨は300ゴールド、大銅貨は30ゴールド、小銅貨は3ゴールドとなっているから給料も商品の値段も計算や決済がしやすい様にと3の倍数で調整されている。*

*しかし高額な商品や騎士や準男爵以上の高額所得者の年収、領主やギルド、クランなどの年商、法律や罰金はその限りではない。*

*ちなみに昔の日本では例えば1609年の公定相場では金(小判)1両=銀50もんめ匁=4000もん、1700年は銀60匁だった。*

ほかにも小判1両=二金2枚=一分金4枚=二しゅ金8枚=一朱いっしゅ金16枚や、二分金1枚=一分銀4枚=一朱銀16枚、丁銀や豆板銀、天保銭てんぽせん40枚=四文銭1000枚=一文銭4000枚が有り決済しやすい様にと多様化し並々なみなみならぬ努力が有った。*

18/34.*騎士について*

*騎士とは上等な武具(剣でなくても良い)とフルプレートの防具を装備し馬も持ちそれを維持出来るだけの財力を持つ者の事で、馬を持っていない騎士を「馬無し騎士」、実力がともなっていない騎士を「腕無し騎士」、馬は持っているが給料が少ない騎士を「貧乏騎士」、主君がいない騎士を「流浪騎士」、首を斬られてもなお成仏出来ずに現世に残った騎士を「首無し騎士=デュラハン」と呼ぶ。*

*アベルが所属しているのはアーシュ伯爵軍=アーシュ伯爵騎士団なのだが所属しているのは騎士ばかりではなく偵察役のシーフや遠距離・中距離攻撃を担う弓士、魔法担当の魔法使いや魔導師(上位の魔法使い)、治癒担当の回復魔法使いや薬師、物資を運搬する運び屋などもいて財政や労務を担う事務職員もいる。*

*その為アベルは10人隊長である小隊長だが遠征の距離や目的、冒険者達や傭兵達、衛兵ギルドの力を借りるかによって配下の人員が変わるにしても騎士10人のみならず合計で20人から30人、多くて40人を運用する役割だった。*

*また騎士は重要戦力であり上記の様に他職たしょくをまとめる指揮官や司令官としての役割も求められる為なるには戦闘力でBランク以上、そして作戦・戦術力が求められている。*

*また戦闘力がBランクに満たなかったり未成年の場合は「見習い騎士」扱いとなる。*

*またその伯爵騎士団では平騎士(Bランク-)が年収1200万ゴールド、10人隊長で準男爵騎士の小隊長(Bランク+)が年収2500万ゴールド、100人隊長で男爵騎士の中隊長(Aランク-)が年収5000万ゴールド、そして1000人隊長で子爵の騎士団長(Aランク+)が年収1億ゴールド貰っている。*

*またランクとはクラス分けの事で冒険者ランクと同等で戦闘力が無い者はDランク(Cランクを倒すには10人必要)、普通の兵士がCランク(Bランクを倒すには10人必要)、有能な兵士がBランク(Aランクを倒すには10人必要)、マスターがAランク(Sランクを倒すには10人必要)、勇者がSランク(Sランクの魔王に勝てる)という様になっているが経済力や政治力で多少歪むし人材難でその様な理想通りに人材が集められるとも限らなかった。。*

*また正確には小金貨や大小の銀貨銅貨も普及させる為それらも貰っている。*

*またアーシュ伯爵領では世襲は伯爵領主家とクラン(ガードナー冒険者クランなど、現代で言えば「会社」)のみであり騎士団や冒険者ギルド、衛兵ギルドなどといった「ギルド」では実力主義制が取られている。*

*もちろんギルドが実力主義なのはギルドは行政機能であり伯爵領の質に関わってくるから能力主義を取らない訳にはいかないし全てが世襲だと領民の反発を招くからと王家との契約に縛られている領主や創業者一族から取り上げる訳にはいかないクランだけは世襲になっている。*

*またアーシュ伯爵領では領主税、ギルド税、クラン税、領民税が一律3割でありそれを稼ぐのに掛かった費用や職員やメンバーといった従業員や執事やメイドといった使用人の人件費は経費として落とせるからつまりその分は非課税になりそれ程負担は大きくなく暮らしやすかった。*

19/34.*『』の副業と出費について*

*そしてアベルは副業の冒険者稼業は騎士団としては動けないが誰かがやるべきクエストを個人の責任で請け負っていて、また街の子供や老人による報酬の少ないクエストも積極的に請け負っていたし稼働日数も少なかったから月収は平均60万ゴールドだったのだが、高報酬クエストに限定すればダンジョンの奥深くまで行けるから荷物持ちを雇う必要が有るにしてもそれだけで月収で準男爵相当の2500万ゴールドは稼げたし、というか実力を隠さず他所よそへ行けばどこぞの貴族の騎士団の「年収1億の騎士団長」や王都へ行けば「年収2億の伯爵騎士」になるのも実力を遺憾無く発揮すればまぁその陣営に取り込まれるのを受け入れればの話だがそれこそ王国あるいは聖教会公認の「勇者」になるのも夢ではなかった。*

しかしアベルの月収の大半が伯爵や騎士団長により無理矢理買わされた家などといった初期投資やそのローン、緊急事態に備えたの貯金を除けばアベルが生まれ育った村の子供達の学費や村の大人達の生活費や借金の工面、伯爵領内での孤児院の運営費や病人の治療費、奴隷の解放、難民や弱者の保護といった慈善事業に消えていた。

20/34.「ねぇ見て!これすっごく『』してるわよ!」

「ねぇ見て!これすっごくきらきらしてるわよ!」

その宝石店の正面まで来ると女神はその宝石店のショーウィンドウに置かれていた特に王族の女性が頭に被る「ティアラ」に夢中になった。

(けっ、また庶民が手が届く訳も無いもんに釣られとるわ)

宝石店のマスターでレストン宝石男爵クランのクランマスターでもあるバーナード・レストン男爵がいつもの様に心の中で毒突いた。

レストン宝石クランは商人部門と職人部門を抱えていて製作から販売まで行っている王室御用達の名門クランでお金持ちだけを相手にするなら「一見いちげんさんお断り」とすれば良いのだが庶民や紹介状を持たない商人や観光客などが高価な結婚指輪などを買っていく事もあるから庶民も馬鹿にならず誰でも入店出来る様広く門戸もんこを開いていた。

それはもちろん利益を最大化する為だったし何より男爵の条件である「年収5000万ゴールド」、「男爵クラン」の条件である「年商2億ゴールド」か「従業員100人以上」を満たす為だった。

*男爵になるには「年収1億ゴールド」か「男爵クラン」の条件である「年商2億ゴールド」か「従業員100人以上」を満たせば良いのだが全て満たすのが男爵として最高のステータスだった。*

*「男爵クラン」とはクランのランクの1つでマスターが男爵に相応ふさわしい規模のクランの事。*

「値段は1億ゴールドだね。『要相談』とも書かれてあるから値引きには応じてくれるかもしれない」

もちろん時価に合わせて値段が上がる可能性も有った。

(1億ゴールドか……家と土地を売ればなんとかなるか……)

アベルにはちょうど「騎士になったんだから」、「初回だけだけど屋敷購入手当も有るんだから」と伯爵と騎士団長に半ば強引に買わされた時価総額1億5000万ゴールドの屋敷が有りアベルはそれを売ればなんとかなると思っていた。

それはもちろん「負ければ悲惨」という貴族同士の戦争で負けてしまわない為に強力な剣士や魔法使いに地位や資産を持たせる事で、つまり出来る限り騎士爵や魔導士爵に叙任する事で領内で抱えておく為だった。

21/34.「安いじゃない!買いましょうよ!」

「安いじゃない!買いましょうよ!あと わ・た・し の勇者なんだから値下げ交渉なんてかっこ悪い真似しないでよね!」

女神は本当にそれを安く思っていて端金はしたがねだと思っていたしアベルは女神により値引きを禁止されてしまった。

(安い……だと……?買いましょう……だと?)

バーナードは聴こえてきた言葉に耳を疑った。

男爵で年収6000万ゴールドのバーナードですら余裕では買えない代物しろものなのだ。

(また口のうるさい貧乏人の町娘が来たかと思ったが、隣の男を見てみればどこぞの騎士か?――良いだろう。買いたいなら買わせてやろうじゃないの)

バーナードは店の戸を開け――。

「お客様、そのティアラがお気に入りでしたら宜しければお店の中で見ていきませんか?」

――「店員による声掛け」という名の先制攻撃を仕掛けた。

そもそもティアラというのは皇族や王族の女性が付けるものでそれ以外の者の着用は公衆の場では認められていない。

そして公衆の場で被れば「王家への挑戦」と受け取られかねないのだ。

だから個人で使用したり置物としたり結婚や出産などで新たに皇族や王族の女性が加わった場合やその様な女性がファッションや備えておく目的で複数のティアラを所有したい場合にしか買われないものなのだ。

そしてショーウィンドウで飾っているのは金銭感覚を狂わせる以外にはほかの宝石屋への自慢や皇室や王室御用達の証明、技術力や実績の宣伝などといった意味合いが強かった。

だから本来はそう簡単には売れないものなのだが、いつまでも置いておく訳にもいかないし、売れれば自慢になるし、せっかく買おうとしている客が現れたのだから借金させてでも売り付けてやろうという商魂しょうこんたくましいバーナードの血が騒いだのだった。

「うん!見ていくわ!さぁ!アベルも行こ!」

女神は店内から間近で見たくてアベルを引っ張っていこうとした。

「うん。そうしようか」

アベルは女神の誘いに応じ導かれていった。

「さぁどうぞどうぞ!ご覧になっていってください!」

バーナードはいつもよりも気合が入った営業スマイルを炸裂させ戸を開けながらアベルとティアラを店内へといざなった。

22/34.「きらきらがいっぱいよ!」

「きゃー!見てアベル!きらきらがいっぱいよ!」

女神は店内に入るとその内装のゴージャスさやたくさんの宝石に夢中になってテンションが上がっていた。

あのお店で色々な宝石を見たんでしたね。

「うん、きらきらがいっぱいだね」

アベルは嬉しそうに楽しそうにしている女神に連れられていった。

アベルの優しさが辛いです……。

ティアラは過去の自分に恥じていた。

「ねぇこれ見て!結婚指輪!綺麗~!120万ゴールドだって!すっごく安いね!」

女神は宝石店の入り口からすぐの結婚指輪のショーケースに見惚れ120万ゴールドの結婚指輪がショーウィンドウの1億ゴールドのティアラと比べればとても安く感じていた。

*(安いだの言いやがって!安くないわ!この世間知らずの街娘風情が!金銭感覚が無いのか?――まぁいい、店内に入ってきよったわ。しめしめ、お前の彼氏から有りがね全部ふんだくってくれるわ!)*

バーナードには最高級で超一流の宝石店のマスターだというプライドが有り女神があまりにも余裕ぶっているからプライドが傷付いていて復讐する様に高額商品を買わせるつもりだった。

そして金銭感覚が無いという読みは正解だったし女神はショーウィンドウのティアラのお客の金銭感覚を狂わせる作戦にまんまとはまってしまっていて余計にそのほかの商品を安く感じていた。

「結婚指輪も綺麗で素敵だね」

アベルは多趣味だから宝石にも精通していて興味も知識も有った。

「でも私は――これが一番気に入ってるわ!」

女神はやはりティアラが欲しくてティアラの前まで移動しそれを覗き込んだ。

23/34.「どうもどうも、『』と言います」

「どうもどうも、私はこの宝石店を運営しているレストン宝石男爵クランのバーナード・レストン男爵と言います。お二人は素敵なカップルですね」

バーナードはマウントを取りながら早速営業トークを仕掛けた。

「素敵なカップルだなんて~!あんた見る目有るわね!」

女神は男爵のバーナードにため口を利いた。

(な、なんだと……!このわしを誰だと……!というか爵位を名乗ったのだぞ……?)

バーナードはどこぞの世間知らずで我がままで暴力的な王女にため口を利かれたが如く狼狽うろたえた。

「申し訳ございません。我があるじ様は『お元気』でございまして」

貴族社会では後ろだての有無は影響するものの基本的には爵位は絶対でありアベルは透かさずフォローを入れた。

「左様ですか。お気持ちはお察しします」

(こやつも苦労している様だな)

バーナードは女神の言動や騎士を連れ回し「我が主」と呼ばせている事からして高貴で金も持っているのだろうと踏んだ。

「痛みります。申し遅れました。わたくしはアベル・アーシュクロフト準男爵騎士と申します」

アベルは伯爵や騎士団に迷惑を掛けない為所属は言わなかったが貴族の礼儀として名前と爵位は名乗ったが「アーシュ」でどの地域かは――。

したかと思ったが若くして騎士団の小隊長か。なら年収は2500万ゴールド程か?こりゃ近付いておいた方が騎士団のお仲間にも売れそうだな。しかしアーシュ人か。それにしても「クロフト」って事は先祖は小作人こさくにんか?それにこの女が「あるじ」とは。もしやこの小娘はアーシュ伯爵の御令嬢か?)

――バーナードにも伝わったのだった。

*苗字に「クロフト」が付く者は先祖が荒れ地をたがやし農業をいとなんでいたり「ガード姓」が付く者は先祖が衛兵だったりと苗字で人種や先祖が何をしていたのか分かったりするものなのだ。*

バーナードは客の分析を淡々と行った。

ちなみにアベルの先祖のくだりも正解だったがさすがに女神とは見破れなかった。

*アベルの先祖はアベルが生まれ育った場所に村を作り農業を営んだ農民だった。*

バーナードはアベルが格下と分かってもなおまだまだ最高の営業スマイルを維持した。

というのもアベルが次昇進すれば騎士団中隊長男爵騎士になり爵位が自分と並ぶうえ同じ男爵でもギルドとクランではギルドの貴族の方が位が高いのだ。さらに昇進すれば騎士団長子爵騎士という格上になるし伯爵の御令嬢を敵に回す訳にもいかないしこの貴族社会ではどの様な無礼が後々あとあと命取りになるか分からないから報復を恐れ上からいく事が出来ないのだ。まぁバーナードはアベルが非常に丁寧に応対してくれているからそれに合わせているとも言えた。

24/34.「どうもどうも、『』と言います」

「もちろん見つかってるわ!これよ!」

女神は1億ゴールドのティアラを指差した。

「左様ですか……」

バーナードも分かってはいたが改めて困ってしまった。

というのも注目はされても売れるとは思っていなかったのだ。

しかし商魂に火が付いているバーナードは――。

「それは我がクランの一級の宝石職人達が日夜丹精を込めて造り現王妃に献上したティアラと同モデルの物です!ちなみに個数に限りが有る限定品です!しかしお値段がもうお分かりでしょうが1億ゴールドです!」

――商人として営業トークを繰り出さない訳にはいかなかった。

そしてバーナードは事実を言っているが脚色をしている点が有るとすれば「個数に限りが有る限定品」という点で最初から献上用とショーウィンドウ用の2点しか作っていなかったのだ。

「ねぇこれさわれないの?」

女神は触って試しに被ってみて似合っているかどうかアベルに訊きたかったのだが高価な商品はどれもショーケースに入れられていた。

「申し訳無いですが高価な商品ですから購入者でない限り取り出す事は出来ないですし試着も出来ないです」

時々試着で身に着けた状態で逃走を試みる者がいるから宝石業界では高価な物は試着も認めていないのだ。

「そ……」

女神は落ち込んだ。

もちろん王族や貴族といった高貴な存在程処女性を求めるからその方が合理的だった。

25/34.「試しに色々持ってきましょうか?」

「試しに色々持ってきましょうか?」

バーナードは彼女が暴走すれば彼氏の懐が泣く事が分かっていてしかし1億ゴールドのティアラなど男爵のバーナードですら買いたいとは思わない程高価な物でそう考えたらこのカップルが買えるとも思えず諦めて退店されるよりかは色々見てもらう事で気移りしてもらって買える物を買ってくれたら良いと思っていた。

「お願いいたします」

アベルは女神に広い視野を持って選んでほしかったしそれでもそのティアラが欲しいと言うのなら買ってあげるつもりだった。

「承知しました。おい!色々持ってきなさい!」

バーナードは店員達に命令した。

「はい!た、ただちに!」

マネージャーがアシスタント達を率いて多様なジャンルの良さそうな商品をてきぱきかつ静かにかき集め始めていった。

というのもバーナードのパワハラやモラハラは尋常ではなく店員は怯える様に有能になっていたのだった。

「本当に綺麗~!」

その一方女神は1億ゴールドのティアラが絶対に欲しかったしそれに夢中になっていた。

「お客様、ご予算はいか程ですか?」

バーナードは笑顔で軍資金をアベルに訊いた。

もちろん商人の如く手揉みし無言のプレッシャーを掛け値踏みし見下しながらの笑顔だった。

それにもちろん予算が1億未満なら女神が絶対に欲しそうにしているティアラにはバーナードが値下げに応じてくれない限りは手が届かなかった。

しかしアベルは女神が欲しそうにしているティアラの為に1億ゴールドは出せるつもりだったし商人の手のひらで転がされるつもりも無かった。

アベルは強くて優しいだけの勇者ではなかったのだ。

「予算は決めていませんでした。と申しますのも急遽きゅうきょ主様が欲しい宝石を探すという趣旨で街を散策しておりましたので。しかしわたくしは主様が欲しいとおっしゃるものでございましたら適正な価格で購入したいと存じております」

アベルは要するにバーナードに対し「予算は教えないが主が気に入ったものなら適正価格なら買う」と言い放ったのだ。

「左様ですか」

バーナードはアベルを一筋縄ひとすじなわではいかない相手だと認識しぼったくれるかは宝石知識の有無で判断しようと思った。

26/34.「お待たせいたしました!」

「マスター!お待たせいたしました!」

店員達が急いでアクセサリーといった様々なジュエリーを価格帯ごとにトレーに乗せて持ってきた。

「お客様、どうぞご覧ください」

バーナードとしてはこのあるじとやらが欲しいと言ったものは騎士が何でも買ってくれるのではないかと思っていてなるべく高価な物を見せて気に入ってもらおうと思っていた。

「何?色々持ってきてくれたの?」

女神は興味津々に振り向いた。

「左様です。何でもおっしゃってください。出来る限り持ってきますしオーダーメイドにも対応しています。ただしれてはいけません」

バーナードは利益を最大化したかった。

さわっちゃいけないのね!分かったわ!で、どれどれ~」

女神は色々なジュエリーを前のめりになって覗き込んでいった。

「お客様はセイントプリシラに来たのは初めてですか?」

バーナードは情報収集を始めた。

「初めてでございます」

アベルは女神は分からないが実際本当に来たのは初めてだった。

「左様ですか。――ここは宜しい街ですよ。中立都市ですから多くの人が入り乱れ聖教会の保護下でもありますから安全ですし多くの都市と街道で繋がり近くには鉱山も有りますからこの宝石屋の商売がしやすいのです」

(賄賂も利くし奴隷も手に入るし稼ぎやすいのなんの)

バーナードはセイントプリシラは宝石業の本拠地にするには最高の場所だと思っていた。

「左様でございますか。商売がしやすいのは宜しいですね」

アベルは商学と地政学も履修済みだからセイントプリシラで商売がしやすいのには同意見だった。

というのも寄付をしなければいけないというデメリットが有ったし熱心な信者程多くの給料を寄付していたから高級商売がし辛いかと思いきや周辺の裕福な信者が観光しに来てお金を落としていってくれるのだ。

というのもセイントプリシラは宝石が有名であり宝石目当てで大勢の観光客が来るほか、プレゼントや婚約、結婚などでジュエリーを贈り合う文化も根付いていて信者程それが熱心であり飛ぶ様に売れるのだ。

それも有ってバーナードには最高級店であっても一見いちげんさんお断りにし低価格帯、中価格帯の商品を並べないという選択肢は無かった。

27/34.「ところでどちらのお嬢様ですか?」

「ところでどちらのお嬢様ですか?1億ゴールドのティアラですら安いとおっしゃっていましたが」

バーナードはついに核心を訊いた。

「申し訳ございません。わたくしは名乗らせていただきますが、あるじ様はさる高貴なお方でございますから少しもわたくしからお話しする事が出来ないのでございます」

アベルは「それ以上は言えないんです」と誠意を見せればそれ以上は踏み込んではこないだろうと思っていた。

というのも「お忍びで」というのはよくある話だしバーナードもお忍びで色々な事をしているから理解は有った。

「いえいえ、騎士様が名乗ってくださっただけでもありがたい事です。しかしお忍びで当店をお選びいただけるとは、お嬢さんは見る目が有りますな」

バーナードは笑いながら女神に先程言われた「あんた見る目有るわね!」のお返しをした。

「バーナード・レストン男爵のお店が素晴らしかった為でございましょう」

きらきらが好きな女神と悪趣味な程ゴージャスが好きなバーナードの趣味が奇跡的に一致していたのだ。

「それは光栄ですな」

金や地位、名誉に固執し三度の飯よりも賞賛が大好きなバーナードにとって無礼を働かれたとしてもそれをちゃらに出来る程褒められるのは好きだった。

「王室御用達」をかさに着て「セイントプリシラいちの宝石店」を自称しているだけ有りそれも特に王家や貴族階級から褒められるのが大好物だった。

「これとかどう思う?」

――アベルに訊いてみた。

「気に入ったのなら良いと思うよ」

アベルは女神ならどんなジュエリーでも似合うと思っていた。

(ため口で話し合える関係ねぇ……近い将来は女伯爵の旦那か?いや、さる高貴なお方でお忍びなら王家の隠し子か?いや、大臣の御令嬢か?で、将来有望な若手の騎士を出向かせてデートか?)

バーナードは2人が良い関係なのは分かったがアーシュ伯爵とは面識が無くそもそも女が伯爵の御令嬢とも限らないししかし騎士団の騎士が、それこそ準男爵騎士がギルドやクランのマスターの御令嬢をあるじと呼ぶとも考え辛いしお忍びの場合もなどと考え情報不足に頭を悩ませていた。

28/34.「でも私やっぱりこれが良い!」

「でも私やっぱりこれが良い!アベル!買いましょ!」

女神はやはりティアラ一択でもう買う事しか考えていなかった。

「でも本当に良いんですか~?お高いですよ~?」

バーナードはティアラは本当に高いからやはり信じられず揶揄からかっている様な口調で言ってしまった。

「買わせていただきたいのですが手持ち分では今は大金貨50枚1500万ゴールドしか持っていない為それを頭金あたまきんとして払う事しか出来ず大金貨334枚1億とんで20万ゴールドという様なお金は今は持ち合わせてはおりませんので、残りはローンで宜しいですか?」

*大金貨といってもデザインもサイズも国や発行者によって異なる為枚数を言った後にゴールド額を言うのが丁寧な伝え方なのだ*

アベルとしては最初に頭金を払ってローンで購入し屋敷を売りに出して金策をしつつ冒険者稼業で高額報酬クエストを請け負うつもりだった。

「もちろん!お客様のお支払方法に付きましては当店としましても誠意をもって協力させていただきますとも!それではお客様がおっしゃった手持ちの頭金を確認させてください」

バーナードはアベルが言った事が真実かどうか確認したかった。

「承知しました」

アベルは大金貨50枚が入っている袋を取り出しテーブルの上に置くと袋を開け大金貨を10枚ずつ立てに積み並べていこうとした。

「お!お客様!この続きは商談室でしましょう!さっ!こちらへどうぞ!」

(冷やかしではなかったのか……!)

バーナードは推定年収2500万ゴールド程度のアベルが1億も出せるとは思っていなくて10枚ずつ立てに積まれ並べられていく大金貨を目の当たりにしてやっとアベル達がVIPなのだと認識し大金貨を悪党に見られて襲われてしまえば支払えなくなるかもしれないし同業他者に見られてしまえばお客を取られてしまうかもしれないからなどともちろんいつもの自己本位な理由で商談室へと案内しようとした。

*アベルが取り出した大金貨はウォレス王国が発行している金貨で大金貨は30グラムでありつまり30万ゴールドの価値が有り先ず庶民がそれを何十枚と持ち歩いている訳が無く何十枚と持ち歩いているのもその場に広げられるのも貴族の証だった。*

そしてアベルは一度お金を袋にしまうと商談室に案内され着席し飲み物とお菓子も出され――。

29/34.「もう一度確認させてください」

「お客様、お手数ですがもう一度金貨を確認させてください」

――バーナードはお金をまた出す様にと言った。

「承知しました」

再び袋から大金貨を10枚ずつ取り出し立てに積むと並べていった。

「いやぁ、大金貨が入っている袋を持ち歩いているなどさすが騎士様ですな」

バーナードは感心していた。

*装備に加えて大金貨50枚だけでも1枚30グラムだから50枚で1500グラム、つまり1.5キロも持ち歩いていた事になる。*

「いえいえ、それ程ではございません。――どうぞ」

テーブルの中央に10枚重ねたものを縦2列、横5列で整列させた。

「では拝見」

(うむ。どれも本物ではあるが)

*真贋を見破る片眼鏡(モノクル)を付け大金貨を1枚ずつ手に取り確認していった。*

そしてバーナードは確認作業を終了し――。

「お客様、どれも本物でした。丁寧にありがとうございました。そしてサインですが――」

――元に並べ戻し感謝しバーナードは決済用紙を取り出そうとし――。

「はい」

――その様子をアベル達は見つめた。

「――本商品のティアラの代金1億ゴールドにつきまして、頭金としてウォレス大金貨50枚1500万ゴールドを受領します。また残りの8500万ゴールドは月利5%の貸付金かしつけきんとします。上記で宜しければサインをお願いします」

「ほら!早くして!」

女神は待ちきれなかった。

そしてバーナードは契約の内容を言いアベルにサインを求めてきた。

「承知しました」

アベルは女神に値引きを禁止されているから素直に買うしか無くかされながらサインし女神の身元を明かさずに自分だけの責任で決済する事に成功した。

30/34.「商談成立ですね」

「それでは商談成立ですね」

アベルとバーナードは握手した。

「やったわ!アベル!」

女神はティアラが手に入ってとても喜んでいた。

「おめでとう」

アベルは優しく微笑んだ。

今の私なら分かるわ……宝石商のあの笑みは不敵な笑みだったわ……。

そもそもあの頃の私は大金貨1枚がどれ程価値が有る物なのか知らなかったのよ……。

あの頃の私は本当に軽率だった……そして何も知らなかった……。

きっとアベルは本当の値段が7500万ゴールドはおろか奴隷労働により原価が5000万ゴールドだった事すら分かってたはず……。

もちろんお店の一番目立つ場所に置いておく事でお客の金銭感覚を狂わせるための物だった事すら見通してたはずなのよ……。

でも私は騙されて踊らされてたわ……。

あんな高価な物を安いと言い張って値引きまで禁止させちゃって……。

でもアベルは何の躊躇ためらいも無く買ってくれたわ……。

そして後で知ったの……アベルの家と土地が売りに出されてた事を……。

何にも知らなかった昔の私の馬鹿馬鹿馬鹿ー!

本当にごめんなさいアベル……。

もう過去の事で取り返しが付かない事なのだが後悔し謝罪する様にしてティアラは心の中で泣いた。

「またの来店らいてんをお待ちしています」

アベル達はバーナード以下店員達に見送られて店を出た。

(馬鹿なあるじを持って大変だな。身のたけに合わない物を買わされるなんて。さっさとあんな女捨てちまえば良いのに。いやぁ、5000万のティアラを1億で買ってくれるなんてなぁ!貴族は物の価値になんて興味が無い。社交界で自慢出来る「金額」に興味が有るんだ!これだから貴族相手の商売はやめられない!)

「また来てあげるわよ!」

今度は結婚指輪かしら!

女神は外装も内装もゴージャスで派手な商品をたくさん取り揃えているバーナードの宝石店を気に入っていた。

「それが良いかもしれないね」

(次は一体何を買わされるやら……僕は借金の返済で必ずまたここに来ないといけないけど……まぁ「一括返済じゃなきゃ駄目よ!」って言われなかっただけでもさいわいなんだけど……)

アベルはセイントプリシラでの冒険者稼業を本格化する事を決意した。

31/34.「じゃあ行くわよ!」

「絶対そうよ!――じゃあ行くわよ!」

女神はアベルの空いている方の手を取り歩いていこうとした。

「姫様、どこに行きたいのかい?」

アベルとしては頭金あたまきんとしてほぼ全ての所持金1500万ゴールドを使い切っていて大金貨2枚60万ゴールド以上の出費は避けたかった。

「決めてなかった!てかそもそもデートって何するの?」

女神はその肝心かんじんの知識がけていた。

「こんな感じで買い物を楽しんだり色々なお店を見て回ったり観光スポットを巡ったり食事を楽しんだりかなぁ」

女神がお金が掛かる選択肢を選んでしまう事を承知でプチ贅沢程度になる事を願いながら選択肢を提示した。

「分かったわ!じゃあそんな感じでいきましょ!どんどんお金使ってくわよ!」

女神はもっと贅沢に楽しみたかった。

「そうしようね」

(……)

結局アベルは残りの大金貨2枚60万ゴールドも使い果たし大量の土産物を手に持ってアベル達が身を寄せている聖女の城に帰宅した。

32/34.「早く被せて!」

そして女神はアベルに買った品々を部屋でおろさせてから早速――。

「これ早く被せて!」

――アベルに被せてもらおうとした。

しかしそもそもティアラといった冠は自ら被るものなのだが女神はそれを知らず衣服などの様に着せてもらう事にステータスを感じていた。。

あの時の私はアベルに被せてほしかったのよね……。

「うん。今被せてあげるね姫様」

アベルは片膝を突いてティアラを捧げるつもりだったのだがまさかの「被せてほしい」というリクエストに少し困惑したものの「が高い!」などと言われる事も無いかなと思いティアラを取り出すとそのまま優しく女神の頭に被せてあげた。

アベルはティアラをわたくしに優しく被せてくれたわね……。

「どう?似合ってるかしら?」

女神はティアラを頭に被せてもらうと早速正面だけでなくアベルに自分の横顔なども見せる様にして左右に体を傾けアベルに似合っているかどうかを訊いた。

「とても似合っているよ」

アベルはとても優しい笑顔で褒めてくれたわ。

「当然よ!世界一美人の私になら何だって似合うんだから!」

あの頃のわたくしは本当に馬鹿だったわ……。

33/34.「名前は『』でどうかい?」

「僕もそう思うよ。――そうだ、名前は『ティアラ』でどうかい?」

あぁ……♡

ティアラは思い出の名シーンを思い出し胸がときめいた。

「どうして『ティアラ』にしたいの?その理由次第よ!」

……。

「姫様がティアラよりも可愛くて美しくてキラキラしているから。姫様がティアラのティアラって意味で」

この時に私は完全に心を射抜いぬかれてしまったのよね♡

「良いじゃない!気に入ったわよ!褒めてつかわすわ!これからは私の事はティアラ様と呼んで!」

あの頃のわたくしの馬鹿馬鹿馬鹿ー!

ティアラはアベルと打ち解け合ったはずの昔の自分がまだ偉そうに様呼びを要求していた事を思い出し昔の自分は心底愚かだったと思った。

かくしてかつて星神だったティアラはアベルとデートし敬語も解け1億の価値が有るティアラと「ティアラ」という名前をプレゼントされた。

34/34.「一先(ひとま)ず良かったわね」

そしてモニターで見守っていた女神アンと勇者ユウタが初対面を終えた。

「一先ずユウタさんがアンの勇者になってくれて名前まで交換出来て良かったわね」

あの子が、いえ、アンが上手くいって良かったわ。

失言してしまった時はどうなるかと思ったけれど、あの青年が、いえ、ユウタさんが寛容な勇者で良かったわ。

そもそもアンがユウタさんの前にテレポートで現れた時に怖がられて逃げられてしまったり、敵だと思われて襲われてしまったり、正体を明かした時に信じてもらえなかった可能性だって有ったのよ。

けどまぁそれは普通の魂の場合。

ユウタさんは勇者の資質を持ってたんだから心配は要らなかったわね。

「はい、良かったです」

1号はそう返事をしほかの天使達も安心していた。

でも私にはあの青年がアベルと重なって仕方が無いの……。

アベル……アベルに会わせて……アベルは今どこにいるの……アベル……アベル……アベル……。

かくしてティアラはずっと心の奥底に封印してきた(魔力暴走してしまわない様にあまり考えない様にしてきた)初恋の恋心で心の中がき乱され始めた。

後書き

のちに色々と分かってきますがティアラはこの時点で既にもう色々と限界突破しています(意味深・笑)

また主人公に対し「君付け」ではなく「さん付け」なのも異性として見ている現れです。

そのほか作中では多くは書きませんでしたがそもそもティアラは勇者不要主義者でした。

しかし天使からの再三の勇者任命要求に「うっさいわね!分かったわよ!」と折れたという格好です。

そして人見知りと好き嫌いが激しいティアラの為に世界中で勇者候補を探し回りもちろん天使達による人間性チェックなども行われ合格したのがアベルだったという訳です。

これだけ全肯定ならあの我がままなティアラとでも何とか上手くやってくれるだろう、という判断でした。

そして目的地から近かったのも有ります。

しかしその計画を上書きしたのが例の人物という訳です。

ちなみにアベルは都市辺境の村出身で少年期に野外訓練で来ていた騎士との稽古で相手を圧倒し、魔獣の迎撃で貢献したのを機に推薦状を貰い伯爵の騎士団に入団しアーシュクロフト騎士爵を叙勲されました。

そしてちなみにこの場合の「騎士」とはその国では王家や貴族がし抱える優秀な主に剣使いの戦力の事です。

そしてその時その世界は魔王軍の脅威とヒューマン陣営の内部分裂の危機に直面していて、アベルはティアラに導かれ(無理矢理誘導され)聖教会直属の中立都市で女神に従う大司教や聖女といった聖教陣営と合流し独立陣営として危機に立ち向かっていきました。